1810年、ドイツ・ライン川中流のフランコニア洞穴でライオンによく似た(というか区別できない)ネコ科動物の頭骨が発見され、ホラアナライオンと命名された。その後イギリスからコーカサスに至るヨーロッパ各地でライオンの化石が多数見つかっている。今のライオンよりも10−25%ほど大きかった(時代によって異なる)。 |
![]() |
![]() |
ホラアナライオンはおそらく深い毛に覆われていて、氷河期には洞窟に住み、ツンドラ地帯を行動していただろう。また間氷期には深い草原や森林にすんでいた。 ライオンの骨がマンモス、ウマ、ヤギュウ、ラクダなどと共に同じ地層から発見されているので、ホラアナライオンがこれらの動物を襲い、獲物としていたことは確かなようだ。 ホラアナライオンは、壁画などの考古学上の研究から、南ヨーロッパでは2000年前ぐらいまで生き残っていたようだといわれる。 バルカン半島に棲んでいたライオンが、ホラアナライオンの最後の生き残りなのか、現代のライオンとの中間的な存在だったのかはまだわかっていない。 ←ウィーン博物館の骨格標本 |
|
更新世後期にはライオンはヨーロッパから東シベリアに至る広大な地域にすんでいた。同じ頃アジアにはすでにトラが現れており、ホラアナライオンと競合していたようである(ヴェレシチャーギン、1979)。 中国や日本から見つかった化石は、当初トラと考えられたが、幾つかの頭骨は後にライオンであるとされている(頭骨がないとトラとライオンの区別は難しい)。楊氏トラ Panthera youngi と名付けられた種はヤン・ライオンと呼ぶべきかもしれない。 ライオンはベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸に進出した。それがいつの頃なのかはっきりとはわからないが、更新世も後期に入ってからと思われる。ライオンはアラスカから南米まで進出した。有名な Rancho La Brea のタール坑からは多くの化石(約80頭)が見つかっているが、それでもスミロドン(約2000頭)やダイアウルフ(さらに多い)など他の肉食獣に比べるとだいぶ少ない。これに関して今泉忠明氏(1995)は、スミロドンにはまだ抜け目なさが発達していなかったのではないかという。沼に落ち込んだ獲物を狙って跳びかかり、自らも沈んでしまったからである。今のネコ類だったら、その状況を眺めただけで、獲物を諦めるだろうと。 ※ これについて単にスミロドンとライオンの生存年数の差ではないかと上田さんから指摘をいただいています。 |
カリフォルニア・ライオン panthera atrox ↑ |

バイソンの冷凍死体がアラスカのフェアバンクスで見つかっている。それにははっきりとした爪と牙の痕が残されていた。その傷はサーベルタイガーによる刺傷ではなく、引き裂かれたものだった。Blue Babe と名づけられたそのミイラにはカリフォルニアライオンによる攻撃の痕が鼻や腰に見られた。ライオンがこのバイソンを殺したのは冬の始め頃と考えられている。その後死体は腐敗する前に冷凍になったのだった。
死体にはライオンの歯が残されていた。一度食べた後、再びやってきたライオンがすでに凍って固くなった死体を食べようとしたものだろう。死体が残っていたことからライオンは大きな群ではなかったようだが、鼻や腰に傷跡があることからバイソンの襲撃には2、3頭のライオンが関与していたのかもしれない(A. Turner, 1997)。